2019年02月28日
家では「ぼたもち」と呼んでたけどあなたのお家は!?
わたしの実家では、「ぼたもち」で1年中通っていましたが、「おはぎ」とも言われますよね。「ぼたもち」と「おはぎ」の違いは、何なのか。何が違うのか、明確に答えられるひとは意外と少ないのではないでしょうか。
あなたは、「ぼたもち」と「おはぎ」の違い、わかりますか?
見た目はそっくりなのに、どうして名前が違うのかご存じでしょうか?
てっきり、私は
「ぼたもち」 → 丸い・大きい 豪快なイメージ
「おはぎ」 → 丸長・小さめ 上品なイメージ
なんとなく、こんな風に思い込んでいましたが・・・
見た目だけではなく、中身も同じで違いは特にないそうです。
そもそも、小豆の赤色が邪気を払う魔除けの色として、縁起がいいものと伝えられていました。
そのため、もち米を蒸して丸めて小豆のあんこで包んだ菓子は、「ありがたいお菓子」として、お彼岸の時期にお供えされるようになったそうです。
同じ菓子を「ぼたもち」と「おはぎ」と呼び方を変える理由は、お彼岸を行う季節にありました。
つまり、春と秋で呼び名が変わるんです。
「春のお彼岸」・・3月の春分の日を挟んで前後3日
→ お彼岸にお墓や仏壇にお供えする菓子を「ぼたもち」
「秋のお彼岸」・・9月の秋分の日を挟んで前後3日
→ お彼岸にお墓や仏壇にお供えする菓子を「おはぎ」
ということなんですが、
この「ぼたもち」と「おはぎ」の呼び名の起源は江戸時代までさかのぼり。
春のお彼岸のころに咲く牡丹の花に見立てて「牡丹餅」と名付けられました。これがのちに「ぼたもち」となったのです。また、牡丹の形は丸く、あんこを包んだお餅と似ていることからも「ぼたもち」と呼ぶようになったのだとか。
一方、秋のお彼岸のころには萩の花が咲くので、萩の花に見立てて「おはぎ」と名前がついたとされています。さらに、萩の花の小さな花びら一枚一枚が、小豆の粒のように見えたことから、小豆で作ったお餅を「おはぎ」と呼ぶようになったそうです。
まあ、諸説あるそうですが、お彼岸の時にでも話題にしてみてはいかがでしょうか。
あなたは、「ぼたもち」と「おはぎ」の違い、わかりますか?
見た目はそっくりなのに、どうして名前が違うのかご存じでしょうか?
てっきり、私は
「ぼたもち」 → 丸い・大きい 豪快なイメージ
「おはぎ」 → 丸長・小さめ 上品なイメージ
なんとなく、こんな風に思い込んでいましたが・・・
見た目だけではなく、中身も同じで違いは特にないそうです。
そもそも、小豆の赤色が邪気を払う魔除けの色として、縁起がいいものと伝えられていました。
そのため、もち米を蒸して丸めて小豆のあんこで包んだ菓子は、「ありがたいお菓子」として、お彼岸の時期にお供えされるようになったそうです。
同じ菓子を「ぼたもち」と「おはぎ」と呼び方を変える理由は、お彼岸を行う季節にありました。
つまり、春と秋で呼び名が変わるんです。
「春のお彼岸」・・3月の春分の日を挟んで前後3日
→ お彼岸にお墓や仏壇にお供えする菓子を「ぼたもち」
「秋のお彼岸」・・9月の秋分の日を挟んで前後3日
→ お彼岸にお墓や仏壇にお供えする菓子を「おはぎ」
ということなんですが、
この「ぼたもち」と「おはぎ」の呼び名の起源は江戸時代までさかのぼり。
春のお彼岸のころに咲く牡丹の花に見立てて「牡丹餅」と名付けられました。これがのちに「ぼたもち」となったのです。また、牡丹の形は丸く、あんこを包んだお餅と似ていることからも「ぼたもち」と呼ぶようになったのだとか。
一方、秋のお彼岸のころには萩の花が咲くので、萩の花に見立てて「おはぎ」と名前がついたとされています。さらに、萩の花の小さな花びら一枚一枚が、小豆の粒のように見えたことから、小豆で作ったお餅を「おはぎ」と呼ぶようになったそうです。
まあ、諸説あるそうですが、お彼岸の時にでも話題にしてみてはいかがでしょうか。
Posted by はっちゃんの里 at
15:56
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2019年02月07日
おふくろのシワ!!
母が、先日、ひとりごとのように「きたない顔になっちゃって」とつぶやきました。私は母が自分の容姿について話すのを初めて聞いた気がしました。当たり前のことですが、母も女性だったのです。
87歳になった今は化粧はしていませんし、髪も染めていません。髪は全体真っ白というかシルバー色で美容院でカットするのも半年に1度ぐらいでしょうか。脚が多少不自由なこともあり、めっきり外出することもなくなったせいか、このぐらいの年になると、「容姿を気にすることもなくなるんだなぁ」となんとなく思っていました。
そうじゃなかったんですね。
気にはしているんですね。
毎日毎日、陽を浴びて60年間畑仕事をしてきた母、日焼け止めなんて使ったことはなかったでしょう。その分、深いシワが刻まれたのでしょう。
「きたない顔になっちゃって」の一言は、息子として少しショックでした。
そして、想像してしまいました。何を想像したかと言うと、今どきの女性のようにきっちり、日焼け・UV対策をおこなっていたら、母の顔は今どうだったんだろうかと、、
テレビを見ていると、80歳を過ぎても「お肌つやつや」の方が、しっかりと化粧されて美白美肌自慢されている場面をCMでよく見かけます。
母もきれいな肌なら、今も化粧をしたのだろうか。などと、何となく思ってしまいました。
そういえば、30年くらい前は美容院から帰ってきた母は、なんとなく「ウキウキ」した様子だったような気がします。化粧をした母の顔は、いまひとつ思い出せなくなってしまいました。
87歳になった今は化粧はしていませんし、髪も染めていません。髪は全体真っ白というかシルバー色で美容院でカットするのも半年に1度ぐらいでしょうか。脚が多少不自由なこともあり、めっきり外出することもなくなったせいか、このぐらいの年になると、「容姿を気にすることもなくなるんだなぁ」となんとなく思っていました。
そうじゃなかったんですね。
気にはしているんですね。
毎日毎日、陽を浴びて60年間畑仕事をしてきた母、日焼け止めなんて使ったことはなかったでしょう。その分、深いシワが刻まれたのでしょう。
「きたない顔になっちゃって」の一言は、息子として少しショックでした。
そして、想像してしまいました。何を想像したかと言うと、今どきの女性のようにきっちり、日焼け・UV対策をおこなっていたら、母の顔は今どうだったんだろうかと、、
テレビを見ていると、80歳を過ぎても「お肌つやつや」の方が、しっかりと化粧されて美白美肌自慢されている場面をCMでよく見かけます。
母もきれいな肌なら、今も化粧をしたのだろうか。などと、何となく思ってしまいました。
そういえば、30年くらい前は美容院から帰ってきた母は、なんとなく「ウキウキ」した様子だったような気がします。化粧をした母の顔は、いまひとつ思い出せなくなってしまいました。
Posted by はっちゃんの里 at
11:24
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